2016年に25年ぶりにリーグ優勝を果たしたカープ。
MVPに選ばれたのは新井貴浩であるが、チームとしても1991年の佐々岡真司以来の出来事で、これまで述べ7人が受賞している。
V7と同じ人数で、全てリーグ優勝の年である。
2017年に連覇を達成したカープ、V8で丸佳浩がカープ史上述べ8人目のMVP選手となった。
2018年も丸佳浩が2年連続のMVPを獲得した!
愛知県生まれ大阪在住Carp野郎が、カープを中心に野球を語るブログです
広島工業出身の地元選手。駒澤大学時代の通算本塁打は2本ながら同校OBの野村謙二郎の推薦もあってドラフト6位でカープ入団。圧倒的な練習量でレギュラー、そして4番の座を勝ち取るも2007年オフにFAで阪神タイガースへ移籍。その際に発した「辛いです、カープが好きだから」はカープファンの心に突き刺さった。2014年オフに阪神タイガースを自由契約となり、古巣広島東洋カープへ復帰。2018年シーズンをもって現役引退。
2016年に25年ぶりにリーグ優勝を果たしたカープ。
MVPに選ばれたのは新井貴浩であるが、チームとしても1991年の佐々岡真司以来の出来事で、これまで述べ7人が受賞している。
V7と同じ人数で、全てリーグ優勝の年である。
2017年に連覇を達成したカープ、V8で丸佳浩がカープ史上述べ8人目のMVP選手となった。
2018年も丸佳浩が2年連続のMVPを獲得した!
野球の安打には単打、二塁打、三塁打、そして本塁打がある。
単打を1、二塁打を2、三塁打を3、本塁打を4と数えて、その累計は「塁打数」と呼ばれている。
2018年5月23日(水)対読売ジャイアンツ@ひたちなか市民球場で、新井貴浩が本塁打を放った。
41歳3ヶ月での本塁打となり、カープ球団史上最年長本塁打記録となった。
2015年、黒田博樹の8年ぶりの復帰で盛り上がっているが、新井貴浩の復帰も忘れてはならない。
カープ新井貴浩が2016年4月22日の対阪神タイガース@マツダスタジアムで、通算350二塁打を達成した。
カープ在籍だけに限れば178本目の二塁打となった。
2016年4月26日(火)対東京ヤクルトスワローズ@神宮球場で、新井貴浩が2000本安打を達成した。
カープでは5人目の偉業である。
2016年8月2日(火)対東京ヤクルトスワローズ@神宮球場で、新井貴浩がプロ入り通算300号本塁打を放った。
2000本安打に続き神宮球場で達成しているが、阪神タイガース時代に記録した通算250号本塁打も神宮球場で達成している。
2016年8月25日(木)対読売ジャイアンツ@東京ドーム、新井貴浩が史上41人目の通算1000得点を記録した。
チームを構成するうえで代打の切り札の存在は欠かせない。
プロ野球において最も多くの代打ホームランを放った選手は誰なのか、ランキングをまとめてみた。
2017年7月19日(水)対阪神タイガース@甲子園球場、6番ファーストで先発出場した新井貴浩の通算出場試合数が2284となり、ミスター赤ヘル山本浩二の数字に並んだ。
「赤い心みせ 広島を燃やせ 空を打ち抜く 大アーチ」
新井貴浩の応援歌、カープファンなら誰しも知っている応援歌と言ってもいいだろう。
この応援歌、カープ新井貴浩にとって2代目になることはご存知だろうか?
プロ野球界全体では投手のイメージが強い背番号28。
カープではこれまでどのような選手が背負ってきたのだろうか?
2016年に25年ぶりのリーグ優勝を果たしたカープ。
ずば抜けた選手がいるというよりは、チーム全体の力が上がり、勝ち得た優勝。
その為、MVPの票も割れると予想されていたが、2000本安打を達成し名球会入りするなど打線を引っ張った新井貴浩が受賞する事になった!
MVPは記者投票であるが、数字だけでなく優勝したチームへの貢献度の大きさを評価した記者が多かったのだと思う。
2016年、カープは25年ぶりの優勝を果たした。
思えば、カープ創設が1950年で初優勝は1975年、初優勝までに要した期間は25年(球団創設から26シーズン目)。
カープには25と言う数字が因縁ある数字なのかもしれない。
広島県の湯崎英彦知事が黒田博樹、新井貴浩両選手に県民栄誉賞を贈呈すると発表した。
カープの選手としては、6,7人目の受賞となる。
2016年8月27日(土)対中日ドラゴンズ@ナゴヤドームの延長10回、新井貴浩が満塁本塁打を放った。
新井貴浩は通算10本目の満塁本塁打(カープ在籍時に限れば8本目)。
2016年7月18日(月・祝)対中日ドラゴンズ@マツダスタジアム、新井貴浩が劇的なサヨナラ本塁打を放ち、勝利を収めた。
新井貴浩のサヨナラ本塁打は8年ぶり3本目である。
ビックレッドマシンガン打線の中心にいるのは新井貴浩。
開幕は6番でスタートしたが、エクトル・ルナの離脱後は4番に座って打点を稼ぎ、チームの勝利に貢献している。
2005年には43本塁打で本塁打王を獲得しているが、阪神移籍以降は繋ぎの打撃でチームの勝利に貢献するバッターへと変貌した。