広島のリーダーと言えば、投手陣の前田健太、野手陣の丸佳浩と共に若い。
しかし年齢よりも実力がプロの世界。
1991年、カープ最後の優勝時のチームリーダーも若かった。
若きチームリーダー野村謙二郎が牽引した1991年広島東洋カープ優勝
カープ最後の優勝時、チームリーダーだったのは現監督の野村謙二郎。
1966年9月19日生まれで1991年の優勝時は25歳。
丸佳浩は1989年4月11日生まれで現在25歳。
当時の野村謙二郎と今の丸佳浩は同い年なのだ。
遊撃手、外野手とポジションこそ違うが、右投げ左打ちで打順は主に1番か3番、走攻守揃った選手、そしてチームリーダーと似通ったところが多い。
丸佳浩には当時の野村謙二郎を超えて欲しい!!
1991年の野村謙二郎の成績は以下の通り。
(赤字はリーグトップ)
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
死 球 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
132 | 573 | 524 | 75 | 170 | 22 | 7 | 10 | 66 | 31 | 5 | 6 | 29 | 9 | .324 | .363 | .450 |
丸佳浩本人は個人成績よりもチームの勝利と考えているかもしれない。
しかし丸佳浩はチームの中心選手であり、個人成績がチームの成績に直結するはずだ。
野村謙二郎としては自分の成績を遥かに超える成績を残して欲しいと思っていることだろう。
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野村謙二郎はその後もトリプル3(3割30本塁打30盗塁)、2000本安打達成などの偉業を達成して引退した。
晩年は故障がちであったこともありチームへの貢献度は徐々に下がっていった。
丸佳浩には野村謙二郎を超える個人成績を残して欲しいと共に、野村謙二郎が選手として達成できなかった複数回のリーグ制覇、そして日本一を成し遂げて欲しい。
それだけの成績を残せる選手であり、球界を代表するチームリーダーになれる資質を持っているはずだ。
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