日米通算203勝を上げて2016年に現役を引退した黒田博樹。
その代名詞である背番号15が永久欠番になるようだ。
成績だけでなく、社会への貢献度を含めての評価と球団は語っている。
愛知県生まれ大阪在住Carp野郎が、カープを中心に野球を語るブログです
日米通算203勝を上げて2016年に現役を引退した黒田博樹。
その代名詞である背番号15が永久欠番になるようだ。
成績だけでなく、社会への貢献度を含めての評価と球団は語っている。
埼玉西武ライオンズ中崎雄太。
2016年シーズンから肘の位置を大きく下げて、インステップするフォームに変更した。
しかし、フォーム変更1年目で戦力外。
独特なフォームなので、制球力が付けば左専門のワンポイントで使えると思う。
カープを25年ぶりのリーグ優勝に導いた助っ人外国人投手でありながらエースであるクリス・ジョンソン。
52年ぶり2人目となる外国人投手での沢村栄治賞受賞となった。
2016年日本シリーズ第1戦。
カープのエース、クリス・ジョンソンが北海道日本ハムファイターズのエースで二刀流、そして球界の宝である大谷翔平に投げ勝った。
大事な初戦を奪うと共に、クリス・ジョンソンはカープ外国人投手として、初めての日本シリーズ勝利投手となった。
“カープ外国人投手で日本シリーズ初勝利したクリス・ジョンソン!日本シリーズで登板したカープ外国人投手一覧!” の続きを読む
2016年ドラフト会議、インターネットで速報を見ていたら読売ジャイアンツが7位にリャオレンレイを指名して、誰やそれ?日本人?と驚いた。
廖任磊(リャオレンレイ)は身長2メートル1センチ、125キロの恵まれた体格から最速152km/hを投げ込む投手で、球歴は岡山共生高校-ピッツバーク・パイレーツ(ルーキーリーグ)-開南大(台湾)。
台湾人であるが、ドラフトでの指名となった。
高校卒業後であり、プロ野球指名届を出す必要もなく「隠し玉」と言える存在だ。
2016年ドラフト会議、広島東洋カープがドラフト1位に指名したのは慶應義塾大学出身の加藤拓也。
カープ選手で慶應義塾大学出身者はイメージが湧かないが、これまでに何人いるのだろうか?
黒田博樹が現役引退を表明した。
1年間ローテーションを守り、二桁10勝を上げており、まだまだやれるとの声もあるようだが、体は満身創痍のようだ。
メジャーで20億円ものオファーを蹴りカープに電撃復帰した黒田博樹。
カープに復帰した2015年は40歳のシーズンであったが11勝を上げた。
そして翌2016年、41歳で迎えたシーズンも10勝を上げ、2年連続の二桁勝利を達成した。
(メジャー時代も含めれば7年連続二桁勝利。)
安定感抜群の投球でカープのエースを務める優良外国人助っ人投手クリス・ジョンソン。
来日1年目に14勝、2年目には15勝と素晴らしい成績を残している。
外国人助っ人に限らず、カープに在籍したサウスポーで1,2の投手と言って良いだろう。
2016年、高卒4年目で初めて規定打席に達して大ブレークを果たした鈴木誠也。
前田智徳引退以降、空き番となっている背番号1への変更もファンの中では話題となっている。
今付けている背番号51は前田智徳が入団時に付けていた番号であり、同じ鈴木姓でライトを主戦場とするイチローの代名詞とも言える番号だ。
高卒4年目で初めて規定打席に到達した鈴木誠也、打率.335、本塁打29、打点95、盗塁16とチームに欠かせない存在となった。
本塁打29はカープでの高卒4年目の打者として、最も多い数字である。
外野手兼捕手としてチームに欠かせない選手であった中東直己。
しかし、緒方孝市政権となってからは出場機会が激減し、戦力外通告を受けてしまった。
2012年に中日ドラゴンズを戦力外となりカープに入団した久本祐一。
カープは慢性的なサウスポー不足であるが、その穴を埋めるべく奮闘してくれた。
2014年以降は左ひじにメスを入れた影響もあって、思うような結果を出せておらず、残念ながら戦力外通告を受けてしまった。
カープ黎明期を支え、初優勝した1975年に現役を引退した山本一義氏が逝去。
9月17日に亡くなっていたそうだが、優勝の祝賀ムードを壊さないようにと、シーズン終了後の発表になったそうだ。
本人の意思のようで、亡くなる最後までカープ愛溢れる男だったんだなと思う。
広島東洋カープからFA宣言するものの獲得球団がなく、春季キャンプで埼玉西武ライオンズのテストを受けて入団した木村昇吾。
埼玉西武ライオンズでは1年間の在籍のみで戦力外通告となった。