カープ黎明期を支え、初優勝した1975年に現役を引退した山本一義氏が逝去。
9月17日に亡くなっていたそうだが、優勝の祝賀ムードを壊さないようにと、シーズン終了後の発表になったそうだ。
本人の意思のようで、亡くなる最後までカープ愛溢れる男だったんだなと思う。
ビックレッドマシーンを作った男!山本一義!!
1975年に現役を引退した山本一義。
残念ながら私はその雄姿を生で見たことはない。
しかし、山本浩二よりも前にカープで活躍した山本姓の選手として、もちろんその存在は知っていた。
だが、やはりコーチとしてのイメージが強い。
現役晩年から現役直後にもカープのコーチを務めていたようだが、ロッテ監督などを経て1994年~1998年まで務めていたチーフ兼打撃コーチ(ヘッド格)の印象が大きい。
当時のカープはと言えばビックレッドマシーンの強打線であった。
ビックレッドマシーンを監督だった三村敏之と共に作り上げたのだ。
特に現阪神タイガーズ監督の金本知憲は、三村敏之と共に山本一義の2人を慕っており、「打撃に関しては一番の恩師」とまで語っている。
2016年、25年ぶりの優勝を果たしたカープ。
その要因として繋ぎの打線である「ビックレッドマシンガン打線」が機能したことが上げられる。
打撃コーチに就任した石井琢朗が名付けたネーミングだが、石井琢朗が在籍したマシンガン打線と、1990年代のビックレッドマシンを融合した名前だ。
2016年カープ優勝の土台・礎を作った一人と言っても過言ではない。
カープ優勝祝賀の雰囲気を壊したくないと死去の連絡を遅らせるようにした山本一義。
おそらく彼の意思であったのだろう。
この気持ちに報いるには、32年ぶりの日本一を達成するしかないだろう!
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