2017年2月1日、プロ野球が一斉にキャンプインする。
球春と書くように、プロ野球界にとってのお正月だ。
1917年2月1日生まれの沢村栄治は徴兵先で肩を痛め、軍隊輸送船で戦死した不遇な人生!
今日2017年2月1日は、沢村栄治生誕100周年に当たる。
沢村栄治と聞けば、その年の最も優れた先発完投型の投手に与えられる沢村賞の名前にもなっている程の投手であるので、野球好きであればその名前を知らない人はいない事だろう。
しかし、その人生が戦争によって奪われた事まで知っている人は少ないかもしれない。
1917年(大正6年)に生まれた沢村栄治は、野球選手として最も成長ができ脂が乗るであろう20代が戦中であった。
混乱の時代であった為、プロ野球選手であっても徴兵される時代。
沢村栄治も1938年から1940年の途中まで日中戦争に駆り出され、手榴弾を投げすぎて右肩を痛めてしまう。
その為、復帰後はオーバースローからの剛速球が投げられなくなり、サイドスローに転身し、技巧派投手へと転身した。
しかし、時代は太平洋戦争へと突入していき、1941年終盤から1942年まで予備兵として軍隊に戻ることに。
ここで更に肩を痛め、サイドスローでも投げられなくなった。
1943年に復帰後はアンダースローで復活を目指したが、制球力も無くなり、1944年の開幕前に巨人から解雇されてしまう。
1944年に再び徴兵され、1944年12月2日フィリピン防衛戦に向かうため乗船していた軍隊輸送船がアメリカ軍に撃沈され、沢村栄治は27歳の若さで戦死している。
沢村栄治は戦争によって大事な肩を痛めて野球を奪われただけでなく、命まで落としたのである。
華やかにキャンプインを迎える2017年のプロ野球。
戦時中には悲運の死を遂げた名選手がいた事を忘れずにプレーしてほしい。
我々ファンもプロ野球を楽しく観戦できる事を幸せに感じながら、シーズンを楽しんでいこう!
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