広島東洋カープを自由契約になり東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍した栗原健太。
だが、復活とはならず1軍での出場とはならず現役引退を決意した。
カープで指導者としての道は?
若い頃から天性のパワーを期待され、新井貴浩とのキングコング砲として徐々に力を付けていった。
新井貴浩がFAで阪神タイガーズに移籍してからは4番としてチームを引っ張り、2009年のWBCでは負傷で途中離脱した村田修一の代替選手として侍ジャパンに加わり、ラストサムライと言われるほどだった。
その年の開幕シリーズの読売ジャイアンツ3連戦@東京ドームで10打数4安打1本塁打4打点と最高の滑り出しをした。
その後の阪神タイガース戦@甲子園球場も初戦4打数4安打1本塁打4打点と絶好調。
しかし、最後の打席と頭部に死球を受けた。
栗原健太の晩年は度重なる右肘の手術でバッティングにズレが生じたと語っているが、この頭部死球からバッティングが徐々にズレたのではないかと私は感じる。
栗原健太は練習の虫として有名だ。
WBCに途中からメンバー入りした時も、一旦はメンバー漏れした後、直ぐにカープのキャンプ地に戻らずにバッティング練習をしてから移動したことをWBC監督である原辰徳が評価して、村田修一がケガで離脱後即、栗原健太を呼んだことは有名だ。
その姿は後輩選手も見ており、色々と教えてもらいたい選手も多いことだろう。
今後は指導者として成長していってほしい。
同じようにカープ暗黒期を支えた東出輝裕が1軍バッティングコーチとしてカープ優勝を支えたように、栗原健太もカープに戻ってきて裏からチームを支えてもらいたいと思う。
栗原健太が現役引退を決意したのは地元東北。
そのまま東北の地に残るのか?
それとも奥様の生まれ故郷広島に戻るのか?
カープファンとしてはもちろん、広島に戻ってきてほしいと思う。
「鍛え上げたパワーで敵を一瞬に撃破 今日も明日も頼むぞ そぅ!我等の栗原」
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