大谷翔平二桁勝利&二桁本塁打達成!指名打者制度の恩恵

日本ハムファイターズの二刀流、大谷翔平が二桁勝利&二桁本塁打を達成。

20歳の若者の能力は恐ろしい。

 

二桁勝利、二桁本塁打、どちらかを達成するだけでも困難

2013年度に二桁勝利、二桁本塁打を達成した選手数は以下の通り。

二桁勝利 二桁本塁打
セントラルリーグ 11人 28人
パシフィックリーグ 6人 21人

二桁勝利のが難しい記録であるが、二桁本塁打を達成できる選手も限られる。

それを同時に達成するとは、その能力に驚かされる。

1918年に13勝、11本塁打を達成したベーブルース以来、96年ぶりの快挙と言われているが、日本では二桁勝利&二桁本塁打を達成した選手はいない。

それだけでも偉業であることがわかる。

日本での投手の本塁打数10傑は以下の通り。

選手名(達成年) 本塁打数
2位 藤本英雄(1950年) 7本
3位 服部受弘(1949年) 6本
別所毅彦(1951年)
4位 別所毅彦(1952年) 5本
江田貢一(1950年)
金田正一(1955年)
金田正一(1962年)
米田哲也(1960年)
米田哲也(1968年)
成田文男(1969年)
平松政次(1971年)
松岡弘  (1977年)

1位を入れていないが、もちろん大谷翔平。

現在10本塁打であるが、シーズン終了までにどこまで記録を伸ばせるかが楽しみだ。

 

日本プロ野球の投手本塁打数の記録を見ると、戦後から高度経済成長期のいわゆる「野武士」たち。

ベーブルースを含めて指名打者のない時代であり、投手として打席に立ち本塁打をかっ飛ばした。

元来、投手は野球センス溢れる選手なので打席に立たせればそれなりの成績を収めることは考えられる。

1950年の藤本英雄は投球回360.1/3と近代野球では考えられない数字。

近代野球ではローテーションや分業制が確立し、各チームのエースが目指す数字が200イニングなのでほぼ倍だ。

それだけ打席にも立った結果がシーズン6本塁打である。

藤本英雄の1950年の投手成績は、26勝14敗、防御率2.44。

対して打撃成績は、172打数49安打で打率.285、7本塁打、24打点と凄まじい数字である。

 

大谷翔平の打撃成績はほとんどが指名打者での成績。

指名打者制度のあるパシフィックリーグでなければ達成できなかった数字であろう。

ここまで見越して指名をした日本ハムファイターズの眼力と英断には頭が下がる。

 

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