2016年カープ優勝・・・その裏で引退を決めた廣瀬純。
この2年1軍での出場機会がなく、本人もある意味引退の時期を探っていたのかもしれない。
昨日は倉義和に対する思いを書いたが、今日は廣瀬純に対する思いを綴りたい。
佐伯鶴城-法政、歩んできた球歴はカープ監督への系譜⁉
廣瀬純は法政大学時代にシドニーオリンピックに出場、東京六大学では三冠王を獲得し、2000年のドラフト2位、逆指名でカープに入団した。
その打撃力を期待されての入団だったが、入団当初はバッティングに苦しみレギュラーを獲得するにも時間がかかった。
始めて規定打席に達したには2010年、プロ10年目のシーズンで打率も3割も記録した。
しかし、その後はケガの影響もあり規定打席に達することはなかった。
結局、規定打席に達したのも1シーズンだけであったが、2013年には15打席連続出塁の日本記録をマークするなど、カープには欠かせない、そして印象に残る選手であった。
と打撃のことを書いているが、私の中での廣瀬純は守備のイメージが強い。
足が速い訳ではないが、堅実な捕球と共に、正確なコントロールで捕殺を記録する強肩に魅せられた。
晩年は同じタイプの外野手、鈴木誠也の登場により1軍での出場が無くなったが、最後にもう一度だけ、廣瀬純のレーザービームが見たかった。
廣瀬純の球歴は、佐伯鶴城高校-法政大学-広島東洋カープ。
佐伯鶴城には野村謙二郎、法政には山本浩二とカープで監督を務めたことがある偉大な先輩がいる。
この2人に続いて、人望も厚い廣瀬純はカープ監督を目指してコーチ業を学んでほしいと思う。
将来の監督へ、始まりの鐘が鳴ったところだ!
「始まりの鐘が鳴る 廣瀬! 広島伝説 豪快に放て 勝利に向けて走れ 始まりの鐘が鳴る 広島伝説」
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