25年ぶりの優勝を決めたカープ。
その裏で低迷期を支えたベテランが引退を決めた。
倉義和と廣瀬純。
この2選手に対して個人的な思いを書き綴ってみたい。
先ず今日は倉義和。
正捕手にはなれなかったが、正捕手を、そしてチームを支えた鯉女房!
京都産業大学から1997年ドラフト5位で入団した倉義和。
ドラフト5位ではあるものの、大卒、そしてカープの捕手番号と言ってもいい背番号40を与えられたことからも即戦力として期待していた部分が大きかった。
当時の正捕手は西山秀二。
その後釜として、瀬戸輝信と後継者争いをし、後に入団する木村一喜や石原慶幸と正捕手争いをするものの、残念ながら正捕手とはなれなかった。
規定打席に到達することもなく、通算安打は339本、通算本塁打は23本。
この記録で40歳を過ぎるまで現役でいられたのは、捕手としての能力が高かったからだろう。
だからこそライバルであった石原慶幸が成長し、2016年からは2軍のバッテリーコーチを打診されるほどになったのだ。
一時期は黒田博樹専属保守的な立ち位置も確立したが、これも黒田博樹から全幅の信頼を得ていたからに他ならない。
プロ野球界は、レギュラーでなくても生き様があるというのを、その姿勢で見せてくれたのが倉義和だと思う。
カープ一筋19年、現役最終年は2軍バッテリーコーチも兼務した。
球団としては倉義和の知識・経験を若い世代に伝えるポジションを用意してもらいたい。
低迷期に入団し、チームが強くなる過程を肌で感じた人材は貴重である。
(生え抜きに優しいカープの事なので、何かしらのポジションは与えることでしょう。)
「いざ誇り高く さぁ時代築け 倉、ここで見せろ 真白きアーチ」
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