高校野球・春夏の甲子園で150km/h以上を計測した投手一覧

昭和の時代は高校生が140km/hを超えれば超高校級と言われていたが、いつの頃からか150km/hを超える投手が何人も登場するようになり、140km/hを超えるのが普通に見えてきた。

(高校生で140km/hは今でも十分に速い。)

春・夏の甲子園で150km/hを超えた投手は何人いるのだろうか?

春・夏の甲子園で150km/h以上の球速を記録したのは20人!

甲子園で球速150km/hを投げたのは以下の20人である。

球速 名前 高校 大会
155km/h 佐藤由規 仙台育英 2007夏
安楽智大 済美 2013夏
154km/h 寺原隼人 日南学園 2002夏
菊池雄星 花巻東 2009夏
今宮健太 明豊 2009夏
153km/h 平生拓也 宇治山田商 2008春
北方悠誠 唐津商 2011夏
釜田佳直 金沢 2011夏
藤浪晋太郎 大阪桐蔭 2012春
152km/h 辻内崇伸 大阪桐蔭 2005夏
西浦健太 天理 2010春
高田萌生 創志学園 2016夏
今井達也 作進学院 2016夏
151km/h 松坂大輔 横浜 1998夏
新垣渚 沖縄水産 1998夏
山口俊 柳ヶ浦 2005春
大嶺祐太 八重山商工 2006夏
小笠原慎之介 東海大相模 2015夏
150km/h 中山裕章 高知商 1985夏
田中将大 駒大苫小牧 2005夏
岩崎翔 市船橋 2007夏
秋山拓巳 西条 2009夏
大谷翔平 花巻東 2011夏
高橋純平 県岐阜商 2015春
清水達也 花咲徳栄 2017夏

*150km/h以上を複数回記録している投手は最高球速のみを掲載
*同じ球速を複数回出している時は、若い時に出した大会を掲載

スピードガンが日本に入って生きたのは1976年の秋と言われている。

その為、江川卓が高校時代の時にはスピードガンはなかった。

果たして江川卓は高校時代に何km/h出ていたのだろうか?

そして、プロ野球中継でスピード表示されるようになったのは1979年からであり、甲子園の記録で球速が残っているのもそれ以降となる。

1985年に高知商の中山裕章が150km/hを出しているが、1980年代はその一例だけ。

1998年に横浜高校の松坂大輔と沖縄水産の新垣渚が151km/hを計測しているが、それ以降、急激に150km/hのボールを投げる投手が増えている。

甲子園に残っている数字だけでなく、剛腕と言われる投手は松坂世代以降に増えたと感じる。

トレーニング方法の進化もあるだろうが、投手に対する憧れ、速い球を投げたいと思う選手が松坂世代以降に増えているのかもしれない。

松坂世代は多くの名選手を輩出しているが、それだけでなく野球界の発展にも貢献していると言えるのかもしれない。

 

 

 

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