通算303勝のスタルヒンは巨人軍第11代4番打者でもある!

日本プロ野球初の外国生まれの選手で、学生時代を北海道旭川市で過ごしたヴィクトル・スタルヒン。

通算303勝を上げた名投手だが、調べてみると、読売巨人軍第11代4番打者であることがわかった。

大谷翔平が二刀流として投打に活躍しているが、スタルヒンが二刀流の先駆けなのだろうか⁉

兵役のメンバー不足で4番に座ったヴィクトル・スタルヒン

スタルヒンはロシア生まれ。

ロシア革命時、親族の中に革命反対派がいた為に迫害され、日本に亡命。

9歳の時に旭川に移り住んだ。

亡命と言えど、日本では国籍が取れずに無国籍の状態である。

当時、全国的に野球が盛んで、運動神経抜群のスタルヒンは学校のチームで中心選手として活躍するようになった。

旧制旭川中学校(現北海道旭川東高等学校)時代に甲子園を目指すものの、夢は果たせなかった。

しかし、大リーグ選抜チームと対戦する全日本チームに引き抜かれ、そのまま巨人軍に入団。

戦前を巨人軍、戦後はパシフィック・太陽ロビンス、金星スターズ・大映スターズ、高橋ユニオンズ・トンボユニオンズと渡り歩いた。

戦前の巨人軍時代は打撃の神様川上哲治が4番のチーム。

しかし、川上哲治を始め多くの選手が徴兵によりチームを離れた為にメンバー不足となり、投手であるスタルヒンが4番に座る事になった。

無国籍であった為に徴兵に呼ばれることはなかったスタルヒンが第11代4番打者となったのである。

この頃、戦前の混乱の中、スタルヒンは「須田 博」に改名をしている。

大谷翔平より遥か前に二刀流となっていたスタルヒンだが、その打撃成績は投手以上野手未満といった感じである。

 

通算
打撃
成績





















O
P
S
スタルヒン
(1934-1955)
718 1879 446 .237 77 5 19 252 125 29 8 160 22 .257 .314 .571
桑田真澄
(1987-2007)
478 890 192 .216 34 5 7 79 75 110 8 265 12 .248 .289 .537
前田健太
(2007-2015)
219 436 64 .147 15 1 2 27 20 55 3 157 4 .174 .200 .374

 

投手でありながら打撃力にも定評があった桑田真澄や前田健太と比較すると、この2人以上の打撃力であったことがわかる。

それでも野手並とはいかない。

打撃力は大谷翔平のが勝るはずだ。

時代の影響とは言え4番に座ったスタルヒン。

大谷翔平が4番に座った日、再びスタルヒンの名前が注目されることだろう。

 

 

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