甲子園を縦横無尽に走り回る1番ピッチャー東出輝裕を思い出した

東出輝裕が正式に引退を発表した。

その会見で、半分冗談、半分本気でピッチャーをやりたかったと発言していたが、思えば、夏の甲子園で「1番ピッチャー東出輝裕」の印象がとても強い。

野球小僧から野球が巧い選手へと変わっていった東出輝裕

1997年夏、2年生で出場した夏の甲子園。

1番セカンドで縦横無尽に甲子園を駆け抜ける東出輝裕に目を奪われた。

野球小僧が現れたな、という印象。

3年生になってセンバツ・選手権に出場した東出輝裕を見て驚いた。

なんと、「1番ピッチャー東出輝裕」。

野球小僧に拍車が掛かった印象だ。

ただ、選手としては投手より内野手だなと思った。

そんな東出輝裕がドラフト1位でカープに入団して、また驚いた。

もちろん甲子園での活躍で全国的に有名な選手にはなっていたが、ドラフト1位とは!

入団後は打撃も守備も苦しんだ。

甲子園でのプレーを見る限り、あんなに守備が下手な訳はないのに・・・と思っていたが、高校野球とプロのベルの違いや、1年目から1軍に出場して精神的なものも大きかったのかもしれない。

そして、徐々に出場機会も奪われていった。

それだけに、マーティが監督になり、セカンドのポジションを奪い、2008年には打率3割も超えた時にはとても嬉しかった。

気付けば、高校野球の「野球小僧」から「野球が巧い選手」へと変わっていた。

大人になる過程を見てきた選手だけに、ケガ、そして引退はとても寂しいものがある。

 

持ち前の野球センスだけで生き残ってきた訳ではない。

大きな挫折、そしてそれを乗り越えるための大きな努力で第一線で活躍ができた。

その経験を若い選手が多い、カープで伝えていってもらいたい。

ありがとう!東出輝裕。

 

夢熱く燃やせ 心弾ませて 緑の芝生を 走れ!東出

 

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